某製薬会社主催ではあるが、杏林大学精神神経科教授 渡邊衡一郎先生による『うつ病治療にけるゴール「真のrecovery」達成のために我々が配慮すべきこと』という題目の講演会があり、興味をひかれて出席した。統合失調症におけるリカバリーについては、(恐らく)日本一学ぶ機会に恵まれた教室に在籍しているので問題ない(と思われる)が、うつ病のリカバリーについては寡聞にして知らなかったためである。講演の内容はリカバリーの定義から始まって、統調症のリカバリーとの相違、リカバリーを達成するにはどうしたらよいか、治療をしっかり行うことの重要性、当事者の意識の問題、薬剤の使い分け、薬剤の早期反応や維持療法の重要性、非薬物療法の意義、治療への満足度とShared Dec ision Making(SDM)など、基本的なレベルから包括的にうつ病治療の最新の状況をリカバリーという概念を軸に紹介して頂け、大変ためになった。また、手作りのデシジョンエイドを用いたSDMを実践されている渡邊先生の臨床に対する姿勢も見習わなければ…と思わせるに十分なものであった。
ちなみに、リカバリーとは単に症状の改善というだけでなく、新たな意味や目的を見出して充実した人生を送れるようになるところまで回復すること、といった意味合いで定義されており、生活・仕事・学習・地域などの様々な場面における社会・対人機能や、希望を持ち、自ら選択しながら能力を発揮できるようになる、といったQOL・心理的満足度なども含まれる概念である。正直なところ、ほとんどの標準的な医師からするととてもハードルが高いものに感じられ、実際にもそのようなレベルまで到達しているケースは限られているのではないかと思われる。しかし、このようなタームが出現してきた背景には、社会の成熟や変化、医療経済的な観点からの要請といった事情があるのではないかと推測され、その意味では今後診療を行っていくにあたって看過できない要素であろうと思われる。かなり患者側の主観が入り込んだ概念でもあるため、個人的に「問われるのは患者ではなく、医師の側なのでは…?」という問いを思い浮かべていたが、実は渡邊先生はそのような研究は既にされていて、医師の経験年数や診療継続期間と患者の信頼度が関連するというデータを発表されていた。また、リカバリーという視点に基づけば、医師の役割は「病状を改善させる」というものから、「どのように生活を支援するか」というものへシフトするべきであるという話もあって、よく考えてみると普段池淵教授に言われていることと似通ってきたなあ…という感想も持った。「テーラーメードにゴール設定することにより、新たなうつ病治療を切り開く」という渡邊先生のメッセージを受け止めて、日々の診療や教育に生かせるよう精進したいと思う。
栃木 衛