精神科学教室 活動報告
林 直樹(病院教授)の研究・教育活動の紹介第Ⅱ部
2013.08.24
第二部 学会発表や講演会・研修会での発表の紹介
1. 現代人のうつと自殺関連行動:パーソナリティ障害に焦点をあてて 心の医療フォーラム in 鳥取,鳥取県医師会,鳥取,2013.01.12
このフォーラムでの講演は,鳥取県医師会の渡辺憲先生にお声をかけていただいて実現したものです。内容は,自殺未遂の実態とその背後にパーソナリティ障害があるということを私たちの研究を中心にして解説するものでした。そこではまた,鳥取市立病院メンタルクリニック部長 山根享先生から救命救急での精神科診療の状況,渡辺病院診療部長 山下陽三先生からアルコール・薬物依存に見られる過量服薬などの問題について,栄町クリニック院長 松浦喜房先生からは地域の医師のうつ病への対応や産業医としての経験など,鳥取県立中央病院救急部部長 岡田稔先生から救命救急医療の現状についてお話をうかがうことができました。討論では,BPD治療は,生活スタイルを問題にすること,スピリチュアルな面を取り上げることといった点で物質依存の治療と共通性があるといったコメントをさせていただきました。
鳥取県は,地域の健康を守るかかりつけ医と精神科医とが緊密に連携して自殺を防ごうという運動を熱心に展開していました。その熱心さは,きっと地域の自殺の減少という成果となって現れるだろうと感じました。
(2013.8.24記)
2. 境界性パーソナリティ障害の人の家族の苦難に向き合う,シンポジウム:BPDへの偏見を打ち負かす.2013年世界精神医学会 アンチスティグマ分科会国際会議,東京,2013.2.13
Naoki Hayashi: Confronting the Social Hardships of Families of Persons with Borderline Personality Disorder, Symposium "Overcoming the Prejudice Against Borderline Personality Disorder (BPD), 6th International Meeting of WPA Anti-stigma Section, 2013.2.13
この学会は,世界精神医学会(WPA)によってアンチスティグマ運動を高める目的で組織されたものです。それへの参加は,私たちにとってとても意義深いものでした。私は牛島定信先生の推挙を得て,松本俊彦先生と共に境界性パーソナリティ障害(BPD)のシンポジウムのオーガナイザー,発表者をつとめました。
そもそもBPDとは,わが国においては悪名ばかりが知れ渡っていて,それが診断されると援助の手が差し伸べられるどころか,かえって警戒されて必要な援助の道が狭まることがあるくらい,ひどい偏見の対象となっている精神障害です。専門家からも倦厭されることがあるということからも,いかに偏見がひどいかがお分かりいただけるでしょう(もちろん,その一方で理解ある精神保健関連スタッフも多数おいでです。) つまり,他の精神障害が関係者の努力によって次々に社会の中で普通の「障害」として受け入れられてきている状況に対して,BPDははるかに遅れた状態にあるということです。それでも,BPDの当事者や家族は,体験記や自伝を出版したり,家族会を組織したりして社会の中で堂々と自分たちを表現し,仲間を支えようと苦闘してきました。
シンポジウムでは,松本俊彦先生がBPDについての全国規模の研修会における参加者の変化を,漫画家であるBPD当事者のたなかみる氏が自らの体験を,2008年に発足し徐々に活動を広げているBPD家族会の奥野栄子氏が家族の実情を,そして私が2012年11月から2013年3月にかけて実施されたBPD家族会参加者のアンケート調査の結果を発表しました。
参加者は,80人くらいでした。シンポジウムでは,「BPD診断が患者の苦しみを増やすものか,それとも救いになるか」といった本質的な議論が展開されました。それは,私にとってBPDへの理解の深まりと,今後の取り組みの発展を感じさせるものでした。
(2013.8.24記)
3. パーソナリティ障害(PD)の対応と治療:BPDを中心として.第37回全国精神保健福祉業務研修会,東京,2013.02.09
この研修会は金田一正史会長の下,全国から200人を超す精神保健福祉業務担当者が集まり,品川荏原文化センターで2013年2月9-10日に行われました。この研修会が伝統あるものであることは,それが第37回だという数字に表れています。私の発表は,4時間という長いものでしたが,BPDの有名人の話を加えるなどして,楽しく講演をすることができました。発表の後もたくさんの質問をしていただき,とても嬉しく感じました。
(2013.8.24記)
4. 過量服薬と自殺をめぐって.自殺予防対策講演会「過量服薬・大量服薬と自殺をめぐって」,日本精神科診療所協会,東京,2013.02.24
この講演会は,渡辺洋一郎会長の下,290人余りの参加者を集めて行われました。日本精神科診療所協会は元々自殺予防の志の強い団体です。渡辺会長自身,大阪で自殺予防を一つの眼目とするG-Pネットの設立・運営で成果を上げてこられました。講演において私は,過量服薬に焦点をあてて,松沢キャンパス自殺関連行動研究プロジェクトの成果などを発表しました。引き続く討論では,日本精神科診療所協会の里村 淳先生の調査結果が紹介されました。また,もう一方の田島 治先生の講演は,SSRI,抗うつ薬の薬理学的特性からも,不安惹起作用や離脱症状の出現が予測できるものであり,安易な薬物療法は危険であると警告を発するものでした。私自身が薬物療法に頼らないこと,使うとしても併用を避けて最小限にすることを心がけたいと感じました。
(2013.8.24記)
5. 自傷行為を繰り返す人への理解と対応:パーソナリティ障害の観点から.札幌市平成24年度自殺未遂者対策事業市民向け講演会,札幌,2013.3.9
これは,札幌市主催の自殺未遂者対策事業の一環として行われた講演会です。参加者は,精神保健福祉の関係者と患者当事者およびその家族でした。発表時間は1時間でした。講演は,BPD家族会の奥野氏姉妹も講演をなさいました。企画段階では参加者100名ということでしたが,どう見てもそれより多くおいでだったと思います。
その夜は,かつて都立松沢病院で一緒に働いた山田秀世先生(大通り公園メンタルクリニック)と小笠原岳洋先生,小林美穂子先生と夕食をご一緒しました。とても楽しく過ごせた札幌だったのですが,飛行機には難儀しました。東京からの往路では,千歳空港の滑走路積雪のせいで着陸が遅れ,会場に着いたのは講演開始の直前でした。当然打ち合わせもできませんでした。あのように慌てさせられたのは,私のこれまでの半生の中でもそう多くはありません。帰路は羽田の強風(+黄砂)のせいで,着陸できず,長く機内に留め置かれました。その翌日から私は,流行性角結膜炎を発症し,一週間にわたって病棟勤務が不可能となりました。
6. 地域医療を視座に入れたパーソナリティ障害の急性期入院治療(今井淳司医師との共同発表).シンポジウム2・コミュニティを見据えた急性期入院治療,第109回精神神経学会総会,福岡,2013.5.23
私たちは,都立松沢病院を3年間(2009-2011年度)に退院した73例のパーソナリティ障害(退院時診断)の患者と,それ以外の退院患者から年齢と性別をマッチさせて無作為に選択した患者を比較して,パーソナリティ障害患者の入院治療の特徴を抽出することを試みました。このような調査は,私の知る限りわが国でこれまで行われていないものです。
結果はとても興味深いものでした。パーソナリティ障害患者に入院時問題行動に自殺関連行動や衝動行為が多い,診断に精神病性障害や物質使用障害が少ない,入院期間が短いといった特徴があるのは予想されていたのですが,入院中に家族との関わりが減る(家族から自立する)方向に変化する,作業療法やデイケア,訪問看護といった治療方法が非パーソナリティ障害の患者と同様に使われていた,といった特徴が明らかにされました。重要なのは,従来,入院治療への反応に乏しいと考えられていたパーソナリティ障害患者において他の患者と同じ程度,入院によって改善することが確認されたことでしょう。私たちが実践してきた入院治療が改善の契機になることがパーソナリティ障害患者においても確認することができたのです。このような所見からは,今後の治療の検討において多様な治療法を積極的に応用すること,入院を家族との関係を冷静に見つめる機会とすること(家族の援助が常に必要とは限らぬこと)といったことがポイントとなると考えられました。この発表は,BPD患者の治療にとってとても価値あるものになったと感じています。コーディネーターの岸本年史先生(奈良県立医科大学)と内村直尚先生(久留米大学)に深く感謝します。
シンポジウムでの他の発表は,繁信和恵先生(浅香山病院精神科):地域生活を重視した認知症の急性期治療,池下克実先生(奈良県立医科大学精神医学講座) 他:統合失調症の急性期からのリハビリテーション,長徹二先生(三重県立こころの医療センター) 他:アルコール・薬物依存症の長期予後のために,森脇久視先生(神奈川県立精神医療センター芹香病院) 他:うつ病に対する包括的医療~急性期入院治療から復職支援まで,黒木俊秀先生(九州大学大学院人間環境学研究院):指定発言,でした。参加者は100名くらいだったと思います。
(2013.8.24記)
7. BPDについての現在の考え方 BPD家族会アンケートの報告.BPD家族会における講演,東京,2013.07.14
これは,BPD家族会のミーティングにおける発表です。参加者は50人くらいでした。内容は,2013年世界精神医学会 アンチスティグマ分科会国際会議での発表とほぼ同じだったのですが,その2月13日の発表以降に届いたアンケートを含めて分析した結果をお話ししました。家族メンバーには,特に医療機関との関わりで苦労が多い,精神的な健康度が低いという所見が得られていますので,各メンバーが自分自身を大事にすること,メンバー同士で支え合うことの重要性が強調されなくてはなりません。他方,この結果から,精神保健スタッフは,BPD当事者や家族の労苦を減らすべく,協力関係を保ちつつ援助するよう一層の努力が必要であることは言うまでもないでしょう。
(2013.8.24記)
8. 思春期・青年期の自傷について.平成25年度第1回子どもの心の総合支援研修,山梨県立こころの発達総合支援センター,甲府,2013.7.17
この講演は,都立松沢病院でかつて一緒に働いていた金重紅美子先生にお声をかけていただいて実現したものです。参加者は約90人で,主に精神保健関係者,教育関係者の方々でした。主催は,子どもを対象とする精神保健機関なのですが,やはり自傷行為はそこでも取り上げられる問題となっています。帰路には,食事をご一緒させていただいた本田秀夫所長から,DSM-5の自閉症ペクトラム障害などの改訂のポイントなどについていろいろ教えていただきました。
(2013.8.24記)
9. パーソナリティ障害を抱えて社会で生きる,患者・家族をどう支援するか.第5回パーソナリティー障害講演会,NPO法人のびの会,横浜,2013.7.21
この講演は,BPD当事者とその家族を主な対象とするものでした。松本俊彦先生からのご紹介でこの講演の機会に恵まれました。主催のNPO法人のびの会は,1998年から摂食障害の当事者と家族の拠り所として機能してきました。地域に根差した活動を長年にわたって続けてきた久間久恵先生,武田 綾先生のご苦労の積み重ねは如何ほどかと思うと頭が下がる思いです。参加者が当初の予想を上回り120人になったという知らせを聞いて,私はとても嬉しくなりました。
(2013.8.24記)
10. 若者をとりまく心の問題:自傷行為をのりこえる.大分県こころとからだの相談支援センター自殺対策専門研修,大分,2013.8.3
この講演も自殺未遂者への自殺予防活動の推進を目的として開催されたものです。参加者は,85人で,教育関係者の比率が多いようでした。土山幸之助所長や吉田陽子氏のお話では,別府市,大分市周辺に教育機関が多くあり,学生の精神保健が大きな課題だということです。午前中は2.5時間の講演と質疑応答で,午後はひきこもりの症例検討が行われました。こちらのひきこもり対策プログラムは,さまざまな治療・対応の方策を組み合わせることができる包括的なもので,「グレーゾーン(診断が不明確だが障害はあるケース)」に対する長期的,総合的な支援を実践していました。関わりの中で症例は,徐々に自信をつけて前進していました。腰の据わった援助が実を結びつつあるように感じました。
(2013.8.24記)
林 直樹